研究内容詳細DETAILS OF RESEARCH

惑星大気の観測「SPART」の報道提供資料



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惑星大気の観測「SPART」

1. 惑星の研究

 宇宙科学は、宇宙の起源、そして私たち生命の普遍性・起源の謎を解き明かそうとしています。近年は、系外惑星が多く検出されるようになってきました。今後、生命の普遍性・起源を探るうえで、惑星系の形成過程やハビタブルゾーン、惑星大気環境の詳細理解はますます重要になるでしょう。

 惑星の研究と言っても研究ターゲットやアプローチの手法は非常に広範です。星間ガス→星形成→原始惑星系円盤から恒星・惑星系の誕生に至る形成過程、惑星の地質、惑星の低・中層大気や、熱圏・超高層大気の物理・化学、大気散逸・流出過程、気象や大気ダイナミクス、系外惑星の探査や分光などなど。また、それらのアプローチも、地上望遠鏡、衛星などによる様々な波長帯の観測、着陸探査機、実験室実験、コンピューターを用いたモデル計算・シミュレーションなど多種多様です。

 その惑星が現在の大気環境をどのように確立してきたのか、そしてその惑星が、過去、現在、未来において生命を育みうるかについては、星間分子雲から惑星が形成されていく過程、その惑星系が星間分子雲においておかれている環境(たとえば近隣にOB型星のように強烈な輻射を放つ恒星があるかどうかなど)、惑星が地球型か木星型か(惑星の質量や中心星からの距離、惑星内部や大気の構成要素の違い)、惑星が磁場によってシールドされているか、といった多くの条件について総合的に追究する必要があります。

 我々の太陽は典型的なG型星であり、寿命は100億年程度です。これに比して太陽の10倍もの質量をもつ恒星は核融合反応のよる燃焼の消費が早く、その寿命は1000万年程度です。太陽の紫外線は、惑星大気中の光化学反応を促し、大気化学反応ネットワークにおいて重要な役割を果たしています。その太陽も、昔はもっと暗かったと考えられています。中心星の活動度や紫外線などの放射の状態は様々な時間スケールで変化し、そうした中で、惑星の大気環境は確立されていきます。このことからも、複雑な生命の進化には中心星のタイプや年齢、といった事象も重要であることがわかります。今後、系外惑星の探査や観測は、飛躍的に発展していくと期待されますが、典型的なG型星である50億歳の太陽が太陽系の惑星中層大気環境に与える影響についても目を向け、より一層理解を深めていくことが重要です。惑星を理解することは、私達の地球の将来を理解することでもあります。

国立天文台野辺山宇宙電波観測所のNMAの望遠鏡群。
一番左が惑星大気監視専用に単一鏡化したSPARTの10m望遠鏡。大学院生が自ら望遠鏡を運用し、観測する(右上挿入写真)。


2. G型星と地球型惑星

 夜空で恒星よりも明るく輝く金星や火星は、人類にとって大変身近な惑星です。火星や金星ではCO2が大気の95%以上を占めます。これによって金星は温室効果の暴走により平均気温は460度程度と非常に高温になっています。一方火星では、大気が少ないためにCO2による温室効果は弱く、平均気温はマイナス50度程度と冷たい世界が広がっています。地球のすぐ両隣の惑星では、少なくとも現在、地球とは全く異なる大気環境にあることがわかります。

 このCO2は太陽の紫外線による光解離によりCOを生成します。COは寿命が長く、長い年月の間には火星や金星のCO2はCOへと解離され、やがて無くなってしまうはずですが、現実にそのようなことは起こっていません。これはCO2の光化学安定性の問題と呼ばれています。CO + OH → CO2 + H などの酸化反応が働いていると考えられますが、今後詳しい観測や数値モデル計算による解明が必要です。

 2003年、火星において、NASAの研究グループが、赤外波長域でメタンを検出しました。地球では大気中のメタンの起源は生物です。火星のメタンの起源はまだよくわかっておらず、惑星科学の最もホットなトピックスと一つとなっています。

 このように、地球のお隣の惑星についてさえ、こうした基本的な大気環境の物理・化学状態のバランスについてよく分かっていないことが多いことに気づかされます。

 地球では最近、太陽フレアに伴う高エネルギー粒子が中・高層大気中のNOXやオゾンなどの微量分子成分に影響を与える様子が捉えられました。地球には地磁気がありますので、大気はこうした太陽活動から守られています。一方、火星や金星は、核内の対流が無いと考えられ、固有磁場を持っていません。太陽風と地球の気候、例えば温暖化や寒冷化との関連を指摘する研究者もいます。これは、太陽活動・太陽風が弱まると、太陽系や惑星に侵入する銀河宇宙線が増加し、雲の核を作って雲量が増加する、というモデルによっています。このように、火星や金星の大気環境も、様々なかたちで太陽活動の影響を受けているものと推察されます。

 太陽の活動に伴う、電磁放射や、定常的な太陽風、コロナ質量放出などの高エネルギーイベントが、惑星の中層大気環境にどのような影響を与えているのかという問題について、基本的な描像を得るためには、短期・長期両方のスケールの定期的・高頻度なモニタリング観測が鍵を握ることがわかります。こうした観点から、太陽系の惑星中層大気環境を監視するミリ・サブミリ波観測プロジェクトはこれまでありませんでした。


3. 世界初、惑星大気観測専用の地上ミリ波電波望遠鏡 プロジェクト

 私達の銀河において典型的なG型星である太陽の活動は、現在の惑星の中層大気の物理・化学的状態、気候にどのような影響を及ぼしているのか、それらは地球・惑星の将来を考える上でどのような意味があるの? G型星のハビタブルゾーンに地球のような惑星があれば、普遍的に生命が誕生できるのか? 惑星の観測はこうした基本的な問題に対し、重要なヒントを与えてくれます。
 惑星の大気の変動を高信頼に捉えていくためには、短〜長期に至る系統的なモニタリングが鍵を握ります。これまでにも、ミリ波サブミリ波帯ではJCMT(ハワイ)、 IRAM(フランス)、 NRAO(米国)などの地上望遠鏡を用いた惑星観測が行われてきました。しかし、いずれも共同利用の観測時間だけの限定的・散発的な観測に限られていました。そこで私達が着目したのが長野県にある国立天文台野辺山宇宙電波観測所の野辺山ミリ波干渉計(NMA)でした。


SPARTプロジェクトの誕生  -望遠鏡システムの利活用・改良-

 NMAは口径10mの6台のアンテナからなり、最大口径600mに相当する高空間分解能をもつ開口合成型の電波望遠鏡で、これまで星形成領域・星間分子雲や系外銀河などの観測研究に威力を発揮してきました。2006年度に一般共同利用観測を終了した後、NMAは教育実習等のため部分運用されていましたが、2011年6月、その歴史に幕を閉じました。2011年7月より、私達はその中のF号機と呼ばれる一台のアンテナを利活用・改良し、世界初の惑星大気観測専用の地上電波望遠鏡が誕生しました。惑星研究に占有できるミリ・サブミリ波望遠鏡は、世界にもまだ類がありません。私達は、この望遠鏡をSolar Planetary Atmosphere Research Telescope の頭文字をとってSPARTと呼ぶことにしました。

 改良に際して、結合した6台のアンテナの電気信号系や相関器分光計を切り離し、独自の信号増幅系やFPGAを集積したデジタル高速フーリエ変換分光計を導入しました。惑星大気のスペクトルの微弱な変動を高信頼で捉えるために、基準信号となる局部発振器や中間増幅システムの温度の安定化や監視も強化しました。また、惑星の追尾精度を高信頼で得るため新たに器差補正を行い、望遠鏡が常にターゲットを±5秒角以内の精度で捉えることができるようにしました。さらに旧SolarisワークステーションからLinux計算機を用いたPythonによる制御系へと更新を進めました。望遠鏡は天文台外からリモートでも観測が可能ですが、現在は初期運用ということもあり、現地において大学院生自ら望遠鏡のオペレーションを行っています。




ファストライトに成功

 2011年11月、火星と、オリオン分子雲の星形成領域IRC2領域に対して、一酸化炭素の回転遷移に伴うスペクトル線(CO J =1-0:115.2712018 GHz)を観測し、SPARTとして最初のスペクトル線の検出に成功しました(下図)。中央のスペクトルでは、星形成領域から双方向に放出される分子流ガス(アウトフロー)によるドップラーシフトのred/blue成分が見えています。




4. ミリ・サブミリ波帯のヘテロダイン分光とは

 ミリ・サブミリ波のような高周波信号をいきなり低損失に直接増幅できる高感度検出器は存在しません。このため、絶縁層(I)を超伝導体(S)で挟んだ1ミクロンサイズのSIS接合を集積した超伝導SISミクサ検出素子を私達自身で研究開発します。SISミクサ素子は、量子雑音限界に迫る感度を有しています。アンテナで集光された天体からの電磁波は、まず極低温(〜4 K)に冷却されたこのSISミクサ素子へと導かれます。天体からの電磁波は、このSISミクサで局部発振器からの既知の周波数と混合され、低くて扱い易い数GHz帯の差周波信号へとダウンコンバートされます。そして、最終的に差周波信号は、デジタル高速フーリエ変換分光計などによってスペクトル処理されます。

 この一連の流れはヘテロダイン分光と呼ばれ、星間分子雲や地球・惑星大気中に漂う分子ガスが放つ微弱な放射スペクトルのリモートセンシングをも可能にします。この計測方法は、太陽のような背景光源を要する吸収分光計測などと違って、昼夜を問わない観測も可能です。また、f/Δf=106-7と周波数分解能が非常に高いのが特徴で、シャープで細い線幅を持つ星間分子や惑星中高層大気の微量分子のスペクトル線を捉え、高度分布やダイナミクスを推定できる唯一のテクノロジーです。

 下図は私達が国立天文台のサブミリ波望遠鏡 ASTE(Atacama Sub-millimeter Telescope Experiment)を用いて観測した火星の345 GHz帯の一酸化炭素(CO)の回転遷移 J =3-2のスペクトル線の例です。スペクトル線が吸収線となっているのは、温度の高い低高度の背景光を、上空の冷たいCOが吸収するためです。スペクトル線の広い裾(ウイング)は下層の、先端の細い領域は上層のCOの存在量に対応しています。このため、火星の温度と圧力の高度分布を基に、リトリーバル解析を行うことで、COの高度分布を推定できます。




5. 太陽系の惑星大気監視プロジェクトSPARTの初期成果

 2011年12月から2012年6月までSPARTの初期運用として、金星と火星のCO J =1-0回転遷移のスペクトル線の試験観測を開始しました。下図はその観測結果の一部です。スペクトルのレベルが上下方向に変化しているのは、火星や金星の見かけの大きさ(視直径)の変化によるものです。スペクトルの中央に金星、火星の中層大気のCO吸収スペクトル線が見えています。今季は例年にない天候不順に見舞われたものの、総じて数日から1週間に1度というかつて無い高頻度で金星・火星のCOモニタリングを実施することに成功しました。

 観測期間中、金星、火星のスペクトルは、太陽光が当たり光化学反応が促進される昼の面、太陽光が当たらない夜の面、太陽から遠ざかったり近づいたりすることによる季節変化など、様々な要因による変化を見せてくれました。これほどまでに系統的なモニタリングが実現したのは、電波望遠鏡を惑星観測に完全占有できたためです。
 さらに金星について解析を進め、過去30年間の先行研究を紐解いて比較すると、現在の金星の高度80km付近のCOの存在量は低い値に留まっている、といったこともわかってきました。太陽は11年周期で活動しています。2012年現在、太陽は24周期目の極大期にほぼ入りました。しかし、ここ2-3周期の太陽活動は低下傾向にあり、黒点数も23周期目と比べると半分程度まで落ち込んでいます。惑星の大気環境がこうした太陽活動に何等かの応答をし、惑星の気候が変化してきている可能性も示唆されます。


左は金星、右は火星のCO J =1-0の吸収線スペクトル。
上段はモニタリングによって得られたスペクトル例。下段は観測データを放射伝達モデルを用いてフィットしたもの。高い周波数分解能により細いスペクトルを鮮明に捉えているのがわかる。観測データをリトリーバル解析することにより、COの高度分布を算出することができる。


6. 今後の計画

 サイクル24の太陽活動は2013年頃にピークに達すると推察されます。惑星大気は太陽活動周期に対して遅れて応答する可能性もあります。惑星を理解することは、私達の地球自身を理解することでもあります。今後どのように惑星大気環境が推移していくかを見守るためにも、少なくとも太陽活動の小康期まで観測を続け、太陽活動が惑星大気環境 (太陽系の気候、惑星大気環境の物理・化学的バランス)に与える影響について理解を深めていく計画です

 SPARTは現在、CO分子のもう一つ上の回転遷移J =2-1のスペクトル線 等が存在する230GH帯の観測システムの立ち上げを進めています。J =2-1,1-0のように異なる準位間の遷移のスペクトル線の同時観測を行うことで、より高確度に中層大気の物理・化学状態を調査することが可能になります。230GH帯へと周波数が高くなると、惑星大気中の分子スペクトル線はより強度を増すものも多く、またアンテナの空間分解能もより高くなるため、SPARTのポテンシャルが飛躍的に高まります。

 2011年より超高空間分解能を誇るアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計の運用が開始されました。SPARTは惑星大気全面の分子の平均量を常時監視できる強みを持ちます。一方、ALMAは惑星大気中の分子の3次元分布を瞬時に描き出すことができます。今後は、互いに相補的であるSPARTとALMAを用いた系統・総合観測の展開も期待されます。

 金星探査機Venus Express(欧州宇宙機関)や北海道大学の名寄望遠鏡などとのキャンペン観測も今後展開が期待されます。また我が国では火星の次期複合探査計画MELOSなどのワーキンググループも発足しました。SPARTは、こうした衛星観測や他波長の地上望遠鏡とのシナジー観測も期待されています。また私達は、国立天文台や大阪府立大の電波望遠鏡を用いて星形成の誕生の場である暗黒星雲の進化・形成過程などの観測的研究を推進しています。暗黒星雲で生まれる複雑な分子種が、惑星系形成過程の中で、どのように大気組成を確立していくのか? 銀河や星間分子雲内の環境が、惑星の大気環境にどのような影響を与えるのか? といった問題にも取り組んでいます。

 私たちは国内外のサブミリ波望遠鏡を用いてガス・氷惑星の観測も推進しています。太陽系の巨大惑星(木星、土星、天王星、海王星)の大気は、水素やヘリウム、メタン、アンモニアなどが主成分です。これらの惑星は、太陽系の形成過程において原始惑星系円盤の低温のガスや塵などをそのまま身にまとったと考えられます。2005年に私達はASTE望遠鏡を用いて海王星のCO (J =3-2:345.795 GHz)とHCN(J =4-3:354.506 GHz)のスペクトル線を検出することに成功しました。木星では1994年にShomaker-Levy 9彗星(SL9)が衝突した後、COやHCNなどのスペクトル線が検出されるようになりました。COやHCNは、惑星大気中では高温ないし高圧環境下でないと生成されにくいため、その起源としては、SL9含有物、高温の爆発反応、木星内部のCO、HCNが衝突の余波で上層に輸送されてきた可能性などが考えられ、ガス型惑星の大気化学反応素過程や大気ダイナミクス・内部構造を理解するための重要な情報を提供してくれます。私達が検出した海王星のCO、HCNについては、過去に同様の衝突のイベントが起こった可能性の他にも、衛星トリトンからの窒素流入や海王星内部からの対流など、いくつかの可能性が考えられます。今後SPARTやASTEによる高周波帯観測を通して、こうした巨大惑星の大気組成の起源にも迫る計画です。


7.最後に

  自分が切り開こうとするサイエンスに必要な観測機器がこの世に存在しなければ、自ら開発する。この理念のもと、大学生・大学院生が中心となって開発・観測・研究を進めています。本プロジェクトに興味がある若い学生さんがいらしたら、是非、研究室に遊びに来て下さい。
 本研究は、科研費基盤研究B (代表:前澤裕之)、天文台開発研究費(代表:前澤裕之)、等によって推進されています。また本プロジェクトは、国立天文台野辺山宇宙電波観測所の多くのスタッフのご理解・ご支援、他大学との連携によって実現しています。