私たちの研究室では、電波望遠鏡用の受信機を改良する事によりオゾン層破壊の状況を調べるための装置を開発して、オゾン層の高度分布の連続測定を行っています。
(1) オゾン層ってどこにあるの?
地球大気の 99.9 % は、高度 50 km 以下にあります。地球の半径は 6400 km ですから、大気の層はいわば薄い膜のようなものです。地球大気は下から順に、対流圏、成層圏、中間圏、熱圏というように名前がつけられています。成層圏では、大気は上下方向に運動することが少なく、安定性に富んだ層状の構造をとります。成層圏にはオゾン濃度の高い層、すなわちオゾン層が存在します。
オゾンを地上にもってきて地球表面に敷いたとすると、その厚さは、わずか 3 mm ぐらいにしかなりません。このオゾンによって我々は、太陽からの有害な紫外線から守られているのです。

図1.オゾン数密度と大気温度の鉛直分布
(2) オゾン層の吸収する紫外線はなぜ有害なの?
オゾンが吸収する太陽紫外線は、生物学的活性紫外線と呼ばれ、その波長の紫外線を強く浴びると生物の細胞内のDNA が破壊され、細胞死や突然変異などが引き起こされます。つまり、成層圏オゾンの減少による地上への紫外線到達量の増加は、人体や家畜(ガン、遺伝子破壊等)、農作物に被害をおよぼすほか、自然界の生態系のバランスに大きな被害をもたらすと考えられます。

種類 |
波長 (nm) |
地上への照射量 |
影響 |
UV-A |
315〜400 |
多 |
皮膚の老化を促進、UV-Bの1/100から1/1000の影響力 |
UV-B |
280〜315 |
少 |
皮膚ガンや白内障の原因。免疫力低下 |
UV-C |
100〜280 |
なし |
皮膚ガンや白内障の原因。殺菌光線 |
図2.紫外線の種類と人体への影響

図3.DNA とオゾンの吸収断面積スペクトル
(3) オゾン層はどのようにしてできるの?
成層圏では、オゾンは光化学的に生成され、また分解されます (図 2 参照)。酸素分子は 220 nm より短い波長の太陽光によって光分解され酸素原子を生成し ((1) の反応)、大気中の酸素分子と結合してオゾンを生成します ((2) の反応)。結局、(1)、(2)の正味の反応は 3 個の酸素分子から 2 個のオゾン分子が生成されます。一方、オゾン分子は主として 220 nm より長い波長の紫外線を吸収し、酸素原子と酸素分子に分解されます。生成した酸素原子は、(2) の反応でオゾンに戻りますが、その一部は (4) の反応でオゾンを消費します。(3)、(4) の正味の反応で 2 個のオゾン分子が 3 個の酸素分子に変換されます。
その他の分解反応として、NOx ,HOx, ClOx (窒素酸化物, 水酸化物, 塩素酸化物) サイクルと呼ばれるオゾン分解連鎖反応系があります。このようなオゾン分解連鎖反応系は、(5) の反応で表すことができます。正味としては奇数酸素 (O や O3)が O2 に変換されます。
人為的な物質が関与する以前は、X で代表される化合物の大部分は、水酸化物(HOx)および窒素酸化物(NOx)でした。しかし、最近ではフロンと俗称される一連の化合物から生じる塩素酸化物(ClOx)によるオゾンの破壊が極めて重大となってきています。

図4.オゾンの生成・分解過程
(4) フロンはどうやってオゾン層を壊すの?
フロンはフッ素を含むハロゲン化炭化水素 (総称クロロフルオロカーボン:CFC) で、その不燃、無害で化学的に安定な性質のため、冷媒、発泡剤、洗浄剤などに大量に用いられ、使用後は無制限で大気中に放出されてきました。フロンは化学的に非常に安定であるので、放出されたフロンは壊れずに対流圏中にそのまま蓄積され、次第に成層圏へ拡散していきます。成層圏までくると、フロンは波長 200 nm 以下の太陽紫外線によって光分解されて塩素原子 (Cl) を放出します。Cl 原子はオゾンを破壊し、一酸化塩素 (ClO) に変化します。
ClO は、オゾン形成の種となる酸素原子と反応して元の塩素原子に戻ります。この触媒反応によって、1 個の Cl 原子は、HCl などの安定化合物になって対流圏に除去されるまでに、およそ 10 万個のオゾンを破壊すると推測されています。ちなみに、成層圏の塩素酸化物 ClOx の濃度は 1 ppb 程度で、オゾン濃度の 1 万分の 1 程度しかありません。
(5) オゾンホールってなに?
1980年代に入って、南極上空のオゾン層が毎年春に著しく減少していることが明らかになってきました。これは、南極上空のオゾン層にぽっかり穴があいたように見えることから、「オゾンホール」と呼ばれるようになりました。

図6.南半球オゾン全量分布図
米国のアースプローブ衛星に搭載されたオゾン全量マッピング分光計(TOMS:Total Ozone Mapping Spectrometer )から得られたオゾンデータ(米国航空宇宙局(NASA提供)もとに作成した、2000年9月10の南半球オゾン全量分布である。オゾンホ−ルは南極大陸のほぼ全域を覆っている。なお南極大陸中央部では、太陽光が当たらないため観測できない領域がある。

図7.オゾン層破壊の推移 (左上) オゾンホールの面積、(左下) 最低オゾン全量、(右上) オゾン破壊量
(6) なぜオゾンホールは春の南極だけに発生するの?
極地方では、冬、太陽が昇らない白夜の状態にあり、極地域の冷たい空気と中緯度の比較的暖かい空気との間に強い温度差を生じ、極地域に極渦と呼ばれる孤立した大気の状態を作りだします。冬期の南極成層圏下部では温度が究極的に冷え、そこに極成層圏(PSCs)と呼ばれる成層圏エアロゾル(氷、硝酸水和物、硫酸-硝酸-水 3 成分液体) が形成されます。この極成層圏雲表面において、南極の極渦内に閉じ込められた HCl や ClONO2 などの光化学的に不活性な塩素化合物が、
ClONO2 + H2O → HOCl + HNO3
ClONO2 + HCl → Cl2 + HNO3
などの不均一反応によって、光化学的に活性な Cl2、HOCl などの分子に変換され、大気中に蓄積されます。この反応は氷表面上では急速に進行しますが、気相では起きません。Cl2、HOCl などの分子は 300 nm より長波長の光でも光分解され、塩素を放出することから、春先の南極の成層圏では太陽光が当たりはじめると急激に塩素原子が放出され、著しいオゾン破壊をもたらすことになります。ここで重要なことは、極成層圏雲ができる高度は大気中で最も冷えた対流圏界面付近の 10〜25 km の地点であり、そこはオゾンの量が最も多いところであるという事実です。このように極成層圏雲とオゾンホールは密接な関係があり、フロン起源の成層圏中の塩素原子がオゾンホールを作る「悪役」になっています。

図8.南極におけるオゾン破壊
(7) ■大気観測にはどんな方法があるの?
オゾンや大気微量分子ガスを観測する方法は、化学的な手法で直接大気成分を測定する方法と、地上あるいは人工衛星から分光学的に測定する方法に分かれます。上空のオゾン濃度を直接測定する方法として、飛行機による直接採取やゾンデを用いる方法があります。特にゾンデ観測は長期に渡って続行されており、重要なデータを供給しています。しかしながらその観測は数日間隔で行われている為、時間的に連続なデータを取得することはできません。
一方、地上からオゾン濃度を遠隔測定できるのは紫外あるいは赤外分光法、ライダー法、ミリ波分光法があります。測定方法によって、得られるオゾン情報は、オゾンの柱密度が求まるもの、ある高度領域のオゾンの鉛直分布が得られるものにわけられます。また測定できる高度領域も、測定法によって異なってきます。したがって大気全体での高度分布を知るためにはいくつかの測定手法を組み合わせる必要があり、それぞれの手法による観測が要求されます。

図9.いろいろな大気観測方法
(8) ミリ波分光法の利点ってなに?
ミリ波分光法は、オゾンや ClO 等の大気微量分子の、主に回転遷移により放射されるミリ波帯の電波を直接受信・分光し、得られたスペクトルから高度分布を求める観測法です。ミリ波分光法の大きな特徴としては、
- 大気微量分子の放射スペクトルを観測するので太陽など他の光源を必要としないため、1 日を通じて24 時間連続観測を行うことが可能である
- 下部成層圏から中間圏にかけて (14〜80 km) の高度分布の観測が可能
- 高い周波数分解能 (Δf/f0 ≦ 10^-6) が得られ、個々のスペクトルを分離できる
が挙げらます。
測定方法 |
ドブソン分光法 |
レーザレーダ法 (ライダー法) |
赤外分光法 |
ミリ波分光法 |
測定原理 |
太陽光を光源として紫外線領域での吸収 |
可視光でのレーザー光の吸収 |
太陽光を光源として赤外線領域での吸収 |
オゾン分子の放射電波強度 |
測定項目 |
オゾン全量 |
高度分布 (< 45 km) |
高度分布 (10〜30 km) |
高度分布 (25〜80 km) |
測定条件 |
昼間・晴天時のみ |
夜間・晴天時のみ |
昼間・晴天時のみ |
昼夜間・曇天も可 |
表2.いろいろな大気観測方法の比較
(9) オゾンの高度分布はどうやって求めるの?
大気中に存在する微量分子の多くは、電気双極子モーメントや磁気双極子モーメント、あるいはそれより高次のモーメントによる回転および振動回転準位間の遷移により、ミリ波からサブミリ波帯にかけての電磁波を放射、吸収しています。
一般に大気中の分子スペクトルは、大気圧の影響を受けて線幅が広がることが知られている。図に示すように圧力が高いほどスペクトルの線幅が広がることから、高い高度領域にある分子ほどスペクトルの線幅が狭くなり、低い領域にある分子ほどその線幅は広くなります。大気中のオゾンのスペクトルは光学的に薄いため地表から観測した場合、我々はこのような幅の異なるスペクトルの重ね合わせを見ることになります。このような線幅と高度(圧力)との関係を利用すると、逆にスペクトル全体から高度ごとの成分を分離することによって、大気中オゾンの高度分布を知ることができます。

図10.ミリ波分光法における高度分布の求め方
(10) オゾン高度分布測定装置ってどんな仕組み?
ミリ波オゾン分光観測システムの構成を右図に示す。大気中のオゾンから放射された周波数110.836GHzの電波は、直径10cmのオフセット・パラボラアンテナで集光され、ホーンを通じて受信器の超伝導ミクサへと導かれます。一方、局部発振部において周波数54.6GHzの信号を発生させ、これを逓倍器に通して周波数を2倍にした後、超伝導ミクサに入力しています。超伝導ミクサにおいて、オゾンからの信号と局部発振部からの信号を混合し、その差分の周波数1.5GHz帯の信号を出力しています。これをヘテロダイン方式と呼びます。超伝導ミクサは超伝導現象を利用するために、ヘリウムガス閉サイクル冷凍機を利用して-269℃まで冷却されています。オゾンからの信号は、超伝導ミクサで中間周波数帯の信号に変換した後、冷却低雑音アンプで増幅します。このアンプは-258℃に冷却されています。ホーンからこの初段アンプまでは、アルミ製のクライオスタット(魔法瓶)の中に収容されています。
パラボラアンテナは、コンピュータ制御のステッピングモーターで駆動し、ビームを高度角方向に回転させています。そして、アンテナの向きを大気(オゾン)、温度較正用黒体に切り替えることによって温度単位で較正されたオゾンスペクトルを得ることができる。
中間周波増幅部において、さらに周波数変換、必要な帯域の選択、アンプによる信号の増幅を行った後、音響光学型分光計により電波分光を行っています。
分光されたデータは、パーソナルコンピュータに取り込まれ、取得データから温度換算されたオゾンスペクトルが得られます。

図11.ミリ波オゾン分光観測システムの構成

図12.アルミ製のクライオスタット(魔法瓶)の内部
(11) 測定結果例

図13.取得したオゾンスペクトル

図14.解析の結果得られたオゾン高度分布。夜はオゾンを破壊する紫外線がないため、オゾンの濃度が上昇する
(12) 展望
- 観測スペクトルの更なる高精度化及び広帯域化を中心に開発を行う。最終的には成層圏全域 (高度 12 km 以上) の観測を可能とし、取得データの絶対精度が 1 % 以内になるよう開発を行う。
- 受信信号の高周波化 (波長が 1 mm 以下のサブミリ波領域含む) を図る。
- システムの省電力化、小型搬送化等の開発も進める。
参考資料
- 小川英夫ほか:超伝導ミクサを用いたオゾン高度分布測定装置の開発
環境研究1993年度,No.91,P.14-P.23
- 小川英夫ほか:ジョセフソン素子を用いた成層圏オゾン測定技術
FUJITSU.44,3,P.171-P.177(05,1993)
- 福井康雄:極限的な高感度ミリ波検出と宇宙の観測
日本物理学会誌 Vol.48,No12,1993,P.958-P.965
- 富永武・巻出義弘・F.S.Rowland:フロン 地球を蝕む物質
東京大学出版会
- 岩坂泰信:オゾンホール
裳華房
- 報道発表資料 気象庁 2000.10.10